Meatles Live

  • ★大樂藝會イン銀座2021 2021年1月30日(土) 銀座7丁目・GINZA Lounge ZERO。出演は、ハニーハンターズ(昭和歌謡)、Bay Trippers(Beatles)、ガ・セネターズ(コピジナル)、Gootz(ロック)など。新橋烏森ワインバル協賛。詳細未定                                     <以下は終了しています> ★大樂藝會イン銀座2019 12月21日(土)午後1時~5時30分、銀座7丁目・GINZA Lounge ZERO。出演は、稲熊均(Piano)、Mr. Postman(弾き語り)、ハニーハンターズ(昭和歌謡)、Silver Haired Daddies(サイモン&ガーファンクル)、Bay Trippers(Beatles)、ガ・セネターズ(コピジナル)、Gootz(ロック)。新橋烏森ワインバル協賛。1ドリンク&1グラスワイン付き2,000円★The Beatles Day 12月8日(日)開演19:30。名古屋・栄のライブバー・アンティークノエルが2000年から続けているジョンとジョージの追悼ライブ。Meatles'はいつも通り最初に出演。ほかにジェリービーンズ、ビートエスなど出演。1ドリンク付き2,500円(税別)。★All Together Now!!  4月21日(日)開場11:45、開演12:15。下北沢・Breath。2,000円(1ドリンク付き)。出演は順にCharlotte、さいもん、The B-Side、Bay Trippers ★大樂藝會イン銀座2018 12月15日(土)、GINZA Lounge ZERO。不死身のひと・村串栄一の仲間たち(Bay Trippers、ガ・セネターズ、Gootz、ゼロⅡ、ピスタチオトリオ、Mr. Postman)。新橋烏森ワインバル協賛★ジョン・レノン&ジョージ・ハリスン追悼 2018年12月8日(土)名古屋・栄のAntique Noel。ミートルズ、ジェリービーンズ、ワンアフター909ほか。★Rooftop Live 中日ビルお別れ会  2018年8月19日(日)、名古屋・栄の中日ビル屋上ビアガーデン。Eto Ones、SPITZu、Mr. Postman、、Meatles。                      

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Close Your Eyes

Bay Trippers のBass Man ローラさんです。

Allmyloving

All My Loving

言うまでもなく当時のロックベースの常識を覆したけど今きいても新鮮!

 

Penny Lane

ベースは尺通りに音は切らなくても良いんだよと教えてくれた曲ですー😊他にも聴かせどころ満載。

 

Tomorrow  Never Knows

え? 一音だけだけど? いえいえ、弾くと意外に難しいし、何気にカッコいい。

 

One After 909

Rooftopのベースはみなノリが最高ですがこれはハンパないです。

 

Taxman

普通に弾くと出せないグルーヴ感はいまだに出来ません()

 

With A Little Help From My Friends

曲の中を悠々と泳ぐベースラインが好きですねー😊

 

Nowhere Man

計算され尽くした一度も繰り返さないベースラインとサビでちょっと泣きが入るところがいいです。

 

Think For Yourself

唄に合わせてベースも怒った感じが出てて面白いです。ベースが二本はいるのはマーティンの入知恵か?

 

Boys (Hollywood Bowl Live)

ベースがノリノリで歌いすぎてリンゴが可哀想なくらい^^

 

Yer Blues

ポールの名演はジョージ曲でなくジョン曲に多いと思う1曲であります^ - ^

Yeah, Yeah, Yeah

 Beatles Songs My Best 10、名古屋のMeatles’ 仲間に続いて、東京のバンドBay Trippersのメンバーからお届けします。

 ドラムスのオグちゃんが「叩くの大好きベスト10」です。

Longtallsally

  1. She Loves You

   デニムのCM、カッコよかったですよね?

   Beatles叩き初めの曲なので一番!

 

  1. One After 909

   このテンポ感が好き。

 

  1. The Night Before

   セッションで演り始めて、好きになった曲。

 

  1. Dear Prudence
    この曲もセッションから好きになった曲

 

  1. Don't Let Me Down

   ルーフトップは外せない!

 

  1. I've Got A Feeling

   同上

 

  1. Old Brown Shoe

   叩いててスリリングな曲がやっぱり上位

 

  1. I Feel Fine
    初期、中期の中では叩きがいがあります!

 

  1. Come Together

  タム廻しにこだわりがあります!

 

  1. Help!

  昔は叩けなかったんです…

 

  1. Long Tall Sally

  高校2年の時、同級生が叩いてるの観て憧れました…

  Long Tall Sally 外せなかった…

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Half Of What I Say Is Meaningless

Meatles‘ ではピアノとコーラスをお願いしたちーちゃんの選曲です。Honey Pie というバンドで悦ちゃんや田中さんと活動を続けています。

 

Julia

I Want You

Something

Because

Hey Jude

Taxman

Get Back

I’m Only Sleeping

Sexy Sadie

Paperback Writer

One After 909

 

あ、気づいたら10曲過ぎてた。

思いついた順。好きな順番はつけられないなぁ~。

私も明日になったら変わるかも。

 

Oh Darling 忘れた。

I Saw Her Standing Thereも忘れた。

…キリがない()

 

Wole Up, Fell Out Of Bed

結成25周年のころからPianoでお世話になっている田中さんです。

 

 

苦渋の11曲選びました。

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A Day In The Life

ジョンの気だるさと曲中のポールの軽快さのアンバランスが素晴らしい。何と言っても、グチャグチャ不協和音のオケが最高!

 

Let It Be

Something

  この2曲は聴き飽き感もあるけど、ヤッパリ外せない。

 

All You Need Is Love

 サビ部分聴くといつもジーンとしてきます。

 

You Never Give Me Your Money

 つい最近知った曲ですが、ヤッパリピアノが入ってる曲は好み。

 

And Your Bird Can Sing

Here Comes The Sun

 ミートルズで演奏して初めて知った2曲。

 

We Can Work It Out

私的に最もビートルズっぽい曲。

 

Helter Skelter

 ちょっと演奏してみたい。

 

Because

While My Guitar Gently Weeps

この2曲も外せない。

 

こんな感じ〰‼

When I Find Myself In Times Of Trouble

ポーク・マッカートニ-の飯尾さんです。

 

みなさんにくらべれば、初心者なようなもんですが。

Let It Be

Long And Winding Road

Golden Slumbers ~ Carry That Weight ~ The End

While My Guitar Gently Weeps

Oh Darling

Something

ここまでは歌っていて気持ちいい曲。

 

Strawberry Fields Forever

I've Just Seen A Face

は、聴いてて気持ちいい曲。

 

I Should Have Known Better

は、なぜか最近、車でよく聴く曲。

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 もう20年もMeatles’ やってて初心者はないし、「私のベスト10」だから、それぞれの選択が楽しいと思います。Meatles’ に入って最初の曲がLet It Be でしたね。Joe Cocker がウッドストックで歌ったバージョンのWith A Little Help From My Friends をまた聴きたいものです。悦ちゃんとBand On The Run を奪い合ったこともありました。聴いてて気持ちいい曲は、Meatles’ では演奏してない曲ですよね。今度、やってみたら上のリストに入るかも。

 

The Best Things In Life Are Free

 3人目はドラムスの亮さんです。

 

まず、歌やハモリの感じを真似できないと思った

Money

Old Brown Shoe

Drive My Car

Help!

Money

文句なしにカッコいい

While My Guitar Gently Weeps

Helter Skelter

 

ドラム担当として

Come Together

Can’t Buy Me Love

She Loves You

 

最後にみんなが取らなかったから

Don’t Let Me Down

 

 亮さんは、サンデー毎日ももうすぐ1年になりますね。愛犬と遊びに行った後に送ってくれました。Meatles’ ではドラムのほか、コーラスも担当しています。

 元々、Jazzのドラマーだった亮さんです。選んだのが、Come Togetherからの3曲です。Bay Trippersのドラマーもこのうち2曲を挙げています。面白いですね。

 西村さんの十八番・Don’t Let Me Down。西村さんのリストが出る前のコメントでした。

Here Come Old Flattop

 バンド仲間による Beatles Best 10、2回目はトン・レノンこと西村さんの選曲です。

 

Come Together

Don’t Let Me Down

I’ll Be Back

In My Life

A Day In The Life

Happiness Is A Warm Gun

I’ve Got A Feeling

Doctor Robert

All You Need Is Love

Ask Me Why

Live-in-ny

「ビートルズはアルバムでしか評価できません」というのを無理言って10曲挙げてもらいました。見事にジョンの曲が並んでいます。最初の2曲は、Meatles‘ のライブでもおなじみです。Happinessの好きなジョンプレーヤーは多いですよね。Ask Me Whyは、Glass Onion 時代によく練習しましたね。

今年年末のジョン追悼ライブは、このセットでいきましょうか。

 

 ちなみにアルバムBest 10は、Abbey Road / Past Masters 2 / A Hard Day’s Night / Rubber Soul / Sgt. Pepper’s / The Beatles / Let It Be / Revolver / Magical Mystery Tour / Please Please Me の順だそうです。

Cometogether

 

Once There Was A Way

 今日からは、Meatles’ の仲間たちのベスト10を紹介していこうと思っていますが、昨日のベスト10、もう一つ加えるのを忘れました。

 

◆ビートルズの人気曲ランキングTOP 10!伝説の名曲10曲ご紹介(2018

  1. Let It Be
  2. Ob-La-Di, Ob-La-Da
  3. Hey Jude
  4. All You Need Is Love
  5. In My Life
  6. Help!
  7. Yesterday
  8. Hello Goodbye
  9. Golden Slumbers
  10. Blackbird

 

 音ハコというサイトで、you tube 再生回数とiTunes 売り上げをもとに集計したそうです。ちょっと傾向が違いますね。昨日紹介したランキングでは入っていなかったOb-La-Di, Ob-La-DaHello Goodbye、それにGolden Slumbersが入っています。

 さてMeatles' メンバーによるMy Best Beatles Song です。最初は筆者です。

  1. Golden Slumbers ~ Carry That Weight ~ The End
  2. Something
  3. While My Guitar Gently Weeps
  4. Drive My Car
  5. Day Tripper
  6. Here Comes The Sun
  7. Octopus’s Garden
  8. Till There Was You
  9. And Your Bird Can Sing
  10. She Said She Said

 

 511日の選曲です。陽水さんと同じように、明日には変わるかもしれません

Abbey Road B面のメドレー・Golden Slumbersからの3曲を一括挙げたのは反則かな? 強いてこの中の1曲にするならThe Endですが、どこからThe Endなのかよく分からないし、やっぱりこの3曲で1曲なのだ! と考えたいですね。そんな緩さでいきましょう。4曲がAbbey Roadからになりました。

 Meatles’ での担当はリードギターなので、ギターが目立つ曲ばかりです。Somethingはクラプトンとの日本公演バージョンが頭に浮かんでいました。Drive My CarDay Tripperはイントロのリフが好きです。最初に買ったRevolverからの2曲もセッションで弾いて楽しかった思い出があります。Till There Was Youはガットギターで弾いたことが1回あったような気がしますが、全然だめでした。次はリベンジしたいです。

 Hey BulldogI’ve Got A FeelingOld Brown Shoeなども入れたいと覆いましたが、やっぱりこの選曲は「ギター弾きたいベスト10」ですね。ライブはもちろん、セッションも行けてない状況への不満の表れとしか思えません。

I Read The News

Beatlesの曲で何が一番好きですか?」「ベスト10を挙げてください」と問われたら、どうしましょう。どえりゃあ難しいでかんわ、と思わず名古屋弁になりそうです。

 20年以上前の話ですが、飯尾さんが井上陽水さんにインタビューした時、一番好きなBeatlesの曲を尋ねました。陽水さんは「それは毎日変わりますから」と前置きし、「今は、Happiness Is A Warm Gunですね」と続けました。「歌い出しがいいですよね」と言って、She’s not a girl who misses much …と口ずさみました。

 

 Beatlesファンは世界中にいっぱいいて、それぞれ好きな曲が違うから、Beatles Best 10 はいろいろ発表されています。

 

◆ランキング! ザ・ビートルズ(2013

  1. A Day In The Life
  2. Strawberry Fields Forever
  3. In My Life
  4. Hey Jude
  5. Something
  6. While My Guitar Gently Weeps
  7. Let It Be
  8. Across The Universe
  9. She Loves You
  10. Help!

Adayinthelife

 2013年だから7年前になりますね。シンコーミュージックから出た「ランキング! ザ・ビートルズ」というMookのベスト10です。公式録音213曲からドイツ語バージョンの2曲を除く211曲を対象に、日本のビートルズの達人100人にベスト20を投票してもらいました。100人には、告井延隆さん、パウロ鈴木さん、難波弘之さん、チャック近藤さん、永沼忠明さん、藤本国彦さんらが入っています。

 後期の曲が多いですね。ジョンの曲が目立ちます。ジョージの曲も2曲入っています。

Sgtpeppers

◆あなたが選ぶビートルズ名曲ベスト1002008

  1. Strawberry Fields Forever
  2. In My Life
  3. Let It Be
  4. A Day In The Life
  5. Hey Jude
  6. While My Guitar Gently Weeps
  7. Something
  8. Help!
  9. She Loves You
  10. All My Loving

Strawberryfieldsforever

その5年前の2008年、レコード・コレクターズ誌が「ビートルズ名曲ベスト100」という増刊号を出版しています。211曲からベスト20曲を選んで、読者らに投票してもらった結果です。回答は3,013通あったそうです。

ランキング! と比べると、Across The UniverseAll My Lovingが違うだけです。順位はいくぶん違いますが。

Strawberryfields

RS誌が選ぶザ・ビートルズのベスト・ソング1002010

  1. A Day In The Life
  2. I Want To Hold Your Hand
  3. Strawberry Fields Forever
  4. Yesterday
  5. In My Life
  6. Something
  7. Hey Jude
  8. Let It Be
  9. Come Together
  10. While My Guitar Gently Weeps

12

2010年に米国のRolling Stone誌が発表したランキングです。1964年米国での人気爆発のきっかけとなったI Want To Hold Your Hand2位に入っていますね。Yesterday4位です。

 

NMEが選ぶ、ビートルズ究極の名曲ベスト502015) 

  1. Strawberry Fields Forever
  2. A Day In The Life
  3. I Want To Hold Your Hand
  4. Here Comes The Sun
  5. Blackbird
  6. Tomorrow Never Knows
  7. Across The Universe
  8. While My Guitar Gently Weeps
  9. I Am The Walrus
  10. Hey Jude

 

2015年に発表されたNME Japanのベスト10です。どういう人たちが選んだのでしょうね。I Want To Hold Your Handがあるのは、やはり最初の世界的ヒット曲だからでしょうか。BlackbirdTomorrow Never KnowsI Am The Walrusが入っているのは渋いですね。SomethingじゃなくてHere Comes The Sunですね。

I-sawher

Beatles Session (2016

  1. I Saw Her Standing There
  2. Nowhere Man
  3. All My Loving
  4. Something
  5. Don’t Let Me Down
  6. Get Back
  7. Help!
  8. While My Guitar Gently Weeps
  9. One After 909
  10. Slow Down

 

 20161年間に通った36回のBeatles Sessionで演奏された曲のベスト10です。演奏曲は179曲あり、延べ1,220曲でした。I Saw Her40回演奏されました。聴くのと演奏するのではずいぶん傾向が違いますね。

It's Been A Long, Long, Long Time

 在宅勤務は長くなりそうです。10枚のアルバム選びが終わり、次はどうしようかと考えていたら、Rolling Stone誌のBeatles 10が目に留まりました。よし、バンド仲間に声をかけていろいろなベスト10を紹介しようと考えています。しばらくお待ちください。

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 久しぶりに戸田の会社に行くと、会社の前の道路のガードレールに今年もバラが咲いていました。先日、散歩しているときに見た公園のバラもきれいでしたが、ガードレールのバラには毎年、元気をもらっています。今年は一層、そう感じます。同じ日に水路で咲いていたアヤメ? ショウブ? カキツバタ? もどうぞ。

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It Was Thirty Years Ago

 影響を受けた10枚のアルバムの最後もBeatlesです。Oldies19672月に日本でリリースされた初のベスト盤です。名古屋・中川区の黄金に住んでいたプレスリーファンだった従姉が持っていたのを高校入学祝いで譲ってもらいました。Beatles2枚目のアルバムでした。Larry Williamsのカバー・Bad Boyがこのレコードにしか入っていませんでした。Rubber Soulより前の曲を最初に覚えたのは、このアルバムだったような気がします。カバーバンドを30年続けている原点が、RevolverとこのOldiesだったのかもしれません。

Oldies

 大学3年終わりのスキー場での2週間のバンドマン生活以後もバンド活動は続きましたが、卒業して働き始めてからは難しくなりました。本格的な再開は、30代になってからでした。愛知・南知多で勤務していた時でした。高校時代の友人の青木さんから紹介された桐山さんと西村さんに加え、地元の社会福祉協議会の清水さん、大学職員の中村さんらと、Deep PurpleLed Zeppelinなどのハードロックバンド・Lennon Foods Companyを組みました。担当はBassに戻りました。商工会青年部から声がかかり、海水浴場開きのアトラクションとしてライブをすることになりました。

 初夏の日差しが夏の到来を告げた19905月の日曜日。浜の人出はかなりありました。Lennon Foods Companyと商工会青年部のCarolのコピーバンドが出演しましたが、ステージ前に人が集まることは一切、ありませんでした。浜辺でスタジオ練習しているみたいな惨状でした。駅前の飲み屋での打ち上げも盛り上がりません。話している中で、以前から思っていたことを提案しました。「Beatlesをやらない?」。

2つのバンドから5人が集まり、Glass Onionが誕生した瞬間です。磯部さん(Drums)、都築さん(Bass)、中山さん(ChorusGuitar)に西村さん(JohnGuitar)。再びリードギターに戻りました。キーボードはなく、初期中心のバンドとなりました。Day TripperNo ReplyPlease Please MeShe Loves YouThis BoyTwist And ShoutYou Really Got A Hold On MeAsk Me Whyなどが最初のセットリストになりました。すぐに地元の病院の文化祭で演奏。7月には名古屋の友人の誘いで今池のライブハウスのイベントにも出ました。大学の学園祭やホテルのイベントにも呼ばれました。ハードロックバンド時代とは、どえらい違いです。Beatlesだからこそ、受け入れられていると実感しました。

 この年の128日、名古屋の友人がジョンメモリアル10周年のライブを名古屋テレビ塔下のもちの木広場で開催、Glass Onionにも参加要請が来ました。イベントは昼近くから始まりましたが、ジョン追悼というのにBeatlesやジョンの曲を演奏するグループはなく、唯一Stand By Meが演奏されただけ。多くの人が通っていきますが、誰も足を止めません。昔の浜辺のライブを思い起しました。Grass Onionは最後、午後4時過ぎから演奏を始めました。夕暮れが迫り、だんだん暗くなっていく中、演奏が流れると、通行人がどんどん集まってきました。最終的には300人ほどが集まっていたようです。Glass Onionの演奏がよかったわけではなく、Glass Onionの演奏で皆さんの頭の中でそれぞれのBeatlesが再現されたのだと思います。Bassの都築さんは後年、名古屋のBeatles専門ライブハウスでのコンテストで最優秀Bassプレーヤーに選ばれるほどの実力だったこともありますが、それ以上にBeatlesのすごさをあらためて思い知らされました。

Tokyo-live

 翌年91630日には半田空の科学館で、日本公演25周年記念ライブをしました。科学館との共催で、第1部は66年の武道館ライブを再現、第2部はプラネタリウムで、ポールが生まれた時のリバプールの星空やジョンが撃たれた時のニューヨークの星空を投影してBeatlesの足跡を振り返りました。第3部は再びGlass Onionの演奏でした。開演1時間半前から観客が並び始め、最終的には300人収容の会場が満席。酒も出ない会場でじっと聴こうとする人々を前に、足が震えていましたが、Rock And Roll Musicのギターストロークが響くと、不思議に震えが止まり、楽しい30分があっという間に過ぎました。バンドの楽しさを15年ぶりに味わいました。

 Glass Onionはこの年の8月で名古屋へ転勤のため活動休止。西村さんとは名古屋で引き続きBeatlesを続けました。まずは、水谷さん(Bass)と音大出の佐藤さん(Piano)との4人でポールのアンプラグドに触発されてアコギバンドBlackboardsをつくりました。Another Dayをやったのも思い出です。会社の同僚の佐藤さんがDrumsで参加、キーボードに桐山さんが復活、Bassには西村さんの会社に営業で訪れた友松さんが入り、94年にGolden Slumpというバンドになりました。Meatles‘が誕生したのは97年でした。ポーク・マッカートニ―の飯尾さんが加わり、トン・レノンの西村さんとフロントに立つ2人に「痩せろ=肉を減らせ=Meat LessMeatles’」となったわけです。

 Meatles’は以後、たくさんのライブを経験しました。128日は毎年、ジョンの追悼ライブでした。ジョンやヨーコとも知り合いという国際福祉の冨田輝司教授が後援会長になってくれ、冨田先生が学長を務めた愛知みずほ大の学園祭も行きました。ナゴヤドーム(アリーナではなくスタンドでしたが)でも演奏できたし、米国・ナッシュビルのLarry Hansonさんと共演もできました。タローが入っていた宮古島出身のgulffとも対バンしました。Vocalの悦ちゃん、キーボードのまりっぺ、井深さん、ちーちゃん、田中さん、コーラスのKさん、Drumsにはマサさん、タロー、Bassには近ちゃん、日比野さん、前田さん、片石さん、ジョンに板橋さん、宜本さん、アコギに鬼頭さん、ギターの寺川さん、中西さん、まっくんなど多くの人たちにサポートしていただきました。2011年で活動が一時休止しましたが、3年後には復活し、今も名古屋で続いています。悦ちゃんやちーちゃんはHoney Pieというバンドを継承しています。東京では、Bay Trippersとして楽しんでいます。

 このコロナ騒ぎが終息したら、またライブを開きたいですね。Meatles'がお世話になった名古屋のAntique NoelMemory LaneTaurusなどのライブハウスが無事であることを願っています。

 Oldiesの収録曲は、She Loves YouFrom Me To YouWe Can Work It OutHelp!MichelleYesterdayI Feel FineYellow SubmarineCan’t Buy Me LoveBad BoyDay TripperA Hard Day’s NightTicket To RidePaperback WriterEleanor RigbyI Want To Hold Your Handです。

 Beatlesバンドを始めてから30年も過ぎました。長さだけはすごいです。Oldiesの16曲は、セッションを含むとすべて演奏したことがあります。213曲の公式発表曲のどのくらいをカバーしたことでしょう。

She Was Another Man

 10枚のアルバムもあと2枚。9枚目は、上田正樹と有山淳司の「ぼちぼちいこか」です。サウス・トゥ・サウスの最初のアルバムといってもいいかもしれないそうです。

 

 リリースは19756月ですから大学3年のころです。ラジオで聴いたのでしょうか。ずっとエアチェックしたカセットで聴いていました。

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 「大阪へ出てきてから」「可愛い女と呼ばれたい」「あこがれの北新地」「Come on おばはん」「みんなの願いはただひとつ」「雨の降る街に」「梅田からナンバまで」「とったら あかん」「俺の借金全部でなんぼや」「俺の家には朝がない」「買い物にでも行きまへんか」「なつかしの道頓堀」の12曲。有山淳司の軽快なアコギに乗せて、上田正樹のハスキーな声で歌われるユーモアあふれるようにも見える大阪弁ブルースの数々。バックは、サウス・トゥ・サウスのメンバー。コーラスに金子マリ、ハープに妹尾隆一郎も加わっています。

 「ほんまに どうしようも どうしようも おまへんわ」「おかまなんて気安く呼ばんといて」「若いもんの来るとこや おまへんで」「ちょいと 小粋なおばはん わいと、朝まで踊りに行かへんけ」「取ったらあかん と思いながら つい手が出て」「親父は毎日 酒びたり」など魅力的な歌ばかりです。

 中でもお気に入りは「可愛い女と呼ばれたい」でした。「ニューライトミュージック」という雑誌の769月号が手元に残っています。「アンサンブル大学」というコーナーに、有山淳司のラグタイム風ブルース・ギター講座。その最後に「可愛い女と呼ばれたい」が取り上げられ、楽譜が載っていました。必死でコピーしました。親指でBass音を出しながらの演奏ですが、フォークの2フィンガーとはちょっと違い、いまだに努力中です。「有山じゅんじ ラグタイムの流儀」というDVDも入手しています。

 南知多にいたころ、半田で有山淳司さんのライブがあって、聴きに行きました。アコギ1本でのソロライブです。途中で有山さんが「何かリクエストありまっか」などと客席に声をかけたので、すかさず「おかまの歌」と言いました。有山さんは「あれは難しいであかんわ」と簡単に却下です。その20年後、2010年に開かれた生誕地・ぎふ北方高田渡メモリアルコンサートにも有山さんは来ていました。「ぼちぼちいこか」の紙ジャケットに6トラックボーナスが新しいデジタルリマスタリングを売っていましたが、残念ながらこの曲は歌われることはありませんでした。

 

「ぼちぼちいこか」と同じころ、もう一つ大阪のブルースに衝撃を受けました。

 憂歌団です。

 大学4年の夏ですから767月、八王子のサマーランドで開かれたフェスティバルに行きました。弘太郎さんと一緒でした。桑名正博とゴースト・タウン・ピープル、サディスティックス、ティンパン・アレー、吉田美奈子、それに名古屋のセンチメンタル・シティ・ロマンスも出ていたようです。お目当ては誰だったのか、覚えがありません。

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 深夜、零時を過ぎていたような気がします。ステージではアコギを抱えて喉の奥から絞り出すような声で歌う横で、スライドを交えながら弾かれる味わい深いギター。ドラムスとベースが二人をきちっと支えている4人組でした。まったく知らないグループでしたが、その場から離れられませんでした。睡魔もどこかへ吹き飛んでいました。それが憂歌団との出会いでした。どんな曲を演奏していたかは覚えていませんが、2作目の「セカンド・ハンド」が出たのと同じ時期だったので、「10ドルの恋」「まっすぐ歩けない」「たくわん」などの新曲やデビューアルバムの「嫌になった」「シカゴ・バウンド」、それに「おそうじオバチャン」も演奏したのでしょう。阿佐ヶ谷に帰ってすぐに2枚のアルバムを買いました。ドルショック、石油ショック後の不況の中、就職先がなかなか決まらない日々を、木村充揮のボーカルと内田勘太郎のスライドギターが埋めてくれていました。

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 そういえば、「ぼちぼちいこか」で触れた高田渡メモリアルコンサート、有山淳司と一緒にステージに上がったのは木村充揮でした。最近、Stay Homeで杏がカバーして歌った「教訓1」を作った加川良も一緒でした。

Helter Skelter

 8枚目は、Deep Purpleの「Machine Head」です。19723月にリリースされました。リッチーのギターもストラトでした。Smoke In The WaterHighway Starは当時のギター少年の誰もが弾いてみたい曲でした。

Machinehead

 東京にいる名古屋の高校同級生らとバンドを始めたのは、1973年か74年です。津田塾大と早稲田理工学部のスキークラブのバンド「Pilaff」が、キーボードのQさんとドラムスとボーカルのKさん以外が卒業し、Kさんが足らなくなったメンバーを埋めるために東京在住の高校同級生に声をかけました。リードギターが堀江さん、ボーカルに長谷川さんが参加し、Bassをやるよう頼まれました。「PilaffⅡ」が生まれました。

 754月にはQさん、Kさんも卒業し、バンドは「PilaffⅢ」となりました。Qさん、Kさんの2人は随時参加の準メンバーのようになり、長谷川さんの大学同級生・谷口さんがドラムス、田島さんがサイドギターで加わりました。キーボードには津田塾のQさんらの後輩が入りました。

 幅広いレパートリーでした。SantanaDeep PurpleGrand Funk RailroadCreamDoobie BrothersBeatlesRolling Stones などです。

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 麻雀狂時代の地獄の浪人生活2年間にほとんど音楽を聴いていなかったので、バンド活動は聴くことから始まりました。小さなラジカセでダビングしてもらったカセットテープを繰り返し聴いて覚えていきます。コードだけでも譜面があるのは助かりました。SomethingBassコピーは大変でした。Amから半音ずつクリシェしていく部分など、どうなっているのかさっぱり分かりません。高価なコピー譜を置いてあるレコード屋へ行き、必死で暗記したのを思い出します。

Gfr

 Machine Headもこのバンド活動で知ったアルバムです。ディストーションを効かせたスリリングなギター、腹の底に響いてくる重量感あるBass、正確に刻まれていくリズムと流れるようなキーボードのメロディ。何よりボーカルは、何を歌っているのかは問うなと言っているような攻撃性を持っていました。ハードロックがバンドの代名詞のようになっていた感じです。雷雨の後楽園ライブで知られたGFRInside Looking Outは、アニマルズの孤独の叫びとは違う曲でした。Santanaのメロディはどこか日本的な響きがありました。Smoke On The WaterのリフとShe Loves Youのリフが同じ音の組み合わせだったことは、Beatlesバンドを始めてから知りました。

 Pilaff Ⅲには、762月に長野・飯山市の黒岩スキー場で催されるスキーフェスティバルで2週間の演奏が待ってました。学生を集め、スキーを教えるイベントですが、安い宿なので夜、遊ぶところがないため、食堂をディスコに替えて楽しんでもらおうというイベントです。地道に準備を進めていましたが、11月の終わりごろだったか、長谷川さんと谷口さんから「追試を受けないと卒業できない。演奏スケジュールと重なり行けない」と連絡。加えて堀江さんからも「卒業の実験が重なった。行けない」。がーーーん、という音が頭の中で回っていました。BassSide Guitarだけになってまった。どうしよう。

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 田島さんは、Bassなら続けてもいいとのこと。リードギターに転身し、ドラマー、ボーカル、キーボードを探そうということになりました。大学のフォークソング同好会から、ロックをやってみたかったというボーカルの大沼さんとキーボードの長友さんが見つかり、年末近くなってドラムの伊藤さんも阿佐ヶ谷・一番街の飲み屋で見つかりました。本番まで2カ月半のなか、高円寺のスタジオで猛練習しました。

 Gin House Blues Bandとバンド名も一新。何とか2時間のバンドタイムを埋められるレパートリーはそろいましたが、演奏初日。ドラマーが緊張からか、持ち込んだウィスキーボトルを半分ほど空けてしまい、曲が割ってもドラムが終わらないし、演奏中に目配せしてきたので近くづくと「今、何の曲やってるの?」というありさまで、冷や汗の連続でした。ハードロックばかりでなく、ジュリーの「時の過ぎゆくままに」とか、岩崎宏美の「ロマンス」などもやっていました。田島さんが弾き語りでユーミンを披露したこともありました。毎日、23時間の演奏を2週間続けたせいか、最終日にはずいぶん腕が上がったようです。

 最後の夜に演奏した50曲近いレパートリーの目玉は、Highway Starでした。渋滞のHighwayじゃないか、という声もありますが、まぁよしとしましょう。Made In Japan というタイトルで出された72年の日本公演に行きたかったですね。

 

 バンドの楽しさを満喫、やめることができなくなった原因となったスキー場ライブで演奏した曲を並べてみます。

Black Magic Woman~Gypsy QueenOye Como Va Santana)、Black NightSmoke On The WaterHighway StarDeep Purple)、Looking Inside OutHeart BreakerWe’re An American BandGrand Funk Railroad)、Sunshine Of Your LoveOutside Woman BluesBadgeCream)、Almost Cut My HairCrosby, Stills & Nash)、Look At Yourself (Uriah Heep)Johnny B. GoodeChuck Berry)、Twist And ShoutAll My LovingI Saw Her Standing ThereAnd Your Bir Can SingLong Tall SallyDay TripperBirthdayLady MadonnaThe Ballad Of John & YokoSomethingLet It BeBeatles)、Jumping Jack FlashAs Tears Go ByRolling Stones)、Long Train RunningDark Eyed Cajun Woman (Doobie Brothers)A Whiter Shade Of Pale (Procol Harum)Proud Mary (CCR)Sunny (Bobbie Hebb)Fly Me To The Moonstandard)、Mary Jane (つのだひろ)、ロマンス(岩崎宏美)、時の過ぎゆくままに(沢田研二)、あの日に帰りたい(荒井由実)、チャイニーズスープ(吉田美奈子)、ちっちゃな時から(浅川マキ)、ブライトホーン(加山雄三)、なごり雪(イルカ)

STill My Guitar Gently Weeps

 影響を受けた10枚のアルバムの7枚目は、エリック・クラプトンの「いとしのレイラ」です。正確には、Derek & Dominosの「Layla And Other Assorted Love Songs」ですね。ジャケット表側の女性のイラストよりも、裏面のストラトキャスターの写真が印象的でした。若いころからずっと聴き続けているギタリストがクラプトンです。

Layla

 1970年11月のリリースなので、高校3年の時です。この年は、映画「EasyRider」の日本公開から始まり、SteppenwolfBorn To Be Wild が印象的でした。4月にBeatlesの解散が報じられ、Let It Be5月に発売されました。6月に日米安保条約が自動延長され、学生運動が急速にしぼみました。9月に大阪万博が始まり、11月には作家三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部で割腹自殺しました。アポロ11号の月面着陸も同じころだと思ったのですが、調べたら前年の7月でした。

 クラプトンを知ったのはたぶん、高校生のころです。Yardbirdsのころは知りませんでしたが、Cream68年のSunshine Of Your LoveWhite Roomのヒットで知っていました。BeatlesAbbey Road6910月にリリースされた時、Somethingのソロはクラプトンが弾いているのだと思いました。White AlbumWhile My Guitar Gently WeepsのリードをCream時代に弾いたのを聞いていたから、そう思ったのでしょう。Cream時代のクラプトンがギターのトーンコントロールでウーマントーンを出す方法を解説しているTV番組も印象に残っています。

 クラプトンを意識的に聴きだしたのは、高校を卒業して2年間の浪人生活を経て東京で大学生生活を始めてからだったようです。浪人時代は、予備校をさぼって麻雀漬けの日々で音楽からは少し遠ざかっていたような気がします。

 きっかけは、高校同級生だった堀江さんの誘いでした。津田塾大と早稲田大理工学部のスキー同好会のバンドがメンバーの卒業で解散するので、その後釜バンドを一緒にやらないか、という誘いでした。担当はBassでした。さまざまな曲をやりましたが、Creamのナンバー、Sunshine Of Your Loveは要のレパートリーでした。CrossroadStrange BrewWhite RoomOutside Woman Bluesなども懸命に練習した覚えがあります。

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 Laylaのアルバムを手にしたのもそのころだと思います。表題曲のLaylaが、ジョージの奥さんのパティに寄せた歌と知った時は、ドキドキしました。南沙織の「傷つく世代」がLaylaのリフそっくりで話題になりました。I Looked AwayBell Bottom Bluesと続き、Key To The HighwayTell The TruthHave You Ever Loved A Womanなどが気に入りました。Jimi Hendrixに捧げたLittle Wingは後に必死でコピーしました。クラプトンの弾くBluesが好きになったのは、このアルバムからです。Cream時代のギターは、335SGでしたが、このアルバムで使っていたストラトキャスターが憧れになり、後年、初めて購入したのはストラトモデルでした。

Ec-was-here

 74年にLaylaから4年ぶりに出した461 Ocean Boulevardは横浜在住の1歳違いの従弟が好きでよくかけていました。その1年後、1975年にリリースされた「エリック・クラプトン・ライブ」は一番のお気に入りになりました。原題は、E.C. Was Here。ジャケットも衝撃的でした。74年から75年の3カ所のライブでの6曲を収録していますが、Have You Ever Loved A WomanPresence Of The LordFurther On Up The Roadなど、クラプトンブルースのオンパレードです。

Ourworld

 クラプトンは676月の全世界同時中継番組Our WorldBeatlesAll You Need Is Love を歌った時、スタジオに顔を出していました。6812月に収録されたRolling Stonesが作ったTV番組Rock And Roll Circusでは、ジョンのDirty MaCというバンドのメンバーとしてYer BluesWhole Lotta Yokoを弾いていました。699月、カナダ・トロントで開かれたロックンロール・リバイバルコンサートにはジョンに頼まれプラスティック・オノ・バンドとしてMoneyYer Bluesなどを演奏しています。

Georgeliveinjapan

 199112月、クラプトンはジョージと一緒に日本だけのツアーを組みました。名古屋は、港の国際展示場で開かれました。取材で行かせてもらい、一番後ろで立ち見でしたが、すべてを見ることができました。その後も、名古屋でのライブを何回か見に行きました。2018年秋には、Queenの映画大ヒットの陰になりましたが、クラプトンの生涯を追った映画「12小節の人生」が上映されました。昨年4月、武道館へ10年ぶりのライブに出かけました。とてもリラックスしていて、小さなライブハウスにいるような気がしました。74歳の歴史を感じさせてくれ大満足でした。

I'd Like To Be Under The Sea

 6枚目のアルバムは、ジャックスの「ジャックスの世界」です。名古屋一番の繁華街・栄まで歩いて行ける高校で、フォークを聴き、ギターを弾いている中で知りました。

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 ジャックスは、19679月に開かれたヤマハのライトミュージックコンテストの第1回大会のフォーク部門で2位となった東京のバンドです。ウィキペディアには「サイケデリック・ロックバンド」とあります。683月にシングル盤の「からっぽの世界」でレコードデビューしました。不気味な演奏にのせた「ぼく寒くなんかないよ きみは空を飛んでいるんだもの」「静かだなぁ 海の底」などという不早川義夫の思議な歌詞が時代の空気に響きました。

 9月にはアルバム「ジャックスの世界」がリリースされています。英語のタイトルは「Vacant World」でした。アルバムの直後にシングルで出た「この道」もラジオで聴きました。売れなかったせいでジャックスの活動期間は短く、解散後の6910月に「ジャックスの奇蹟」が出ました。高校のフォークの世界で、「時計を止めて」「遠い海へ旅に出た私の恋人」などの優しい歌を知りましたが、衝撃を受けたのはロックっぽい曲でした。「マリアンヌ」であり、「ラブ・ゼネレーション」であり、「どこへ」や「薔薇卍」「われた鏡の中から」「堕天使ロック」「ロール・オーバー・ゆらの助」などです。

 「嵐の晩が好きさ 怒り狂う闇が俺の道案内」

 「泣きながら飲めない酒をかわす」

 「砂浜歩いて どこへ 銀のカナリア 殺したところ」

 「薔薇の鎖に身体を打たれて」

 「われた鏡の中から おれを探し出すんだ 雑音なしのおれを」

 「あなたを信じはしないが 愛することと待つだけ」

 「ころがってゆけ くずれてゆけ」

 「歯のない口から よだれをたらし」

 

 日本語がロックのリズムにノッていました。グループサウンズとは、詩の世界が違っていました。ドアーズやサイモンとガーファンクルと同じような感覚でしたが、日本語だけに分かりやすかった分、響いたのでしょう。純粋(?)な高校生だったのか、背伸びしたマセガキがカッコつけていただけなのかは分かりませんが、ジャックスはずっとロックの原点のような気がしています。

 ジャックス解散して半年後、早川義夫ソロの「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」がリリースされました。その中の「サルビアの花」も、大学に入って失恋した後にお気に入りになりました。「堕天使ロック」は大学生の時のバンドでカバーしましたが、ライブで歌い出しの音を外し、ボーカルを取り上げられた記憶があります。高校時代の井上さんの評価は正しかったんですね。

 大学生になって東京・阿佐ヶ谷に住んでいたころ、有線放送のアルバイトをしていたことがありました。リクエストを受け、その曲のレコードをかけるのが仕事ですが、リクエストはほとんどなし。歌謡曲、ポピュラーなどのジャンルごとにオープンリールのテープか、いろんな曲が入ったLPを回してし、そのテープなどが終わると交換するのが主な仕事でした。1人でやっているし、ポピュラーのチャンネルは、自分の聴きたい曲が聴き放題なわけです。そんな中で、RCサクセションの「キミかわいいね」というシングルレコードを見つけました。722月に出た「ぼくの好きな先生」に続くシングルでしたが、売れなかったようでまったく知りませんでした。どんな曲だろう、と思ってかけると「キミ、かわいいね でもそれだけだね」。面白がって何回もかけ続けたら、西荻窪のスナックのママさんから「つまんない歌をかけるな」と苦情が来ました。

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 それから数年後、80年ごろだと思います。名古屋・黒川で高校同級生の弘太郎さんが経営していた喫茶店を訪れた時、「雨あがりの夜空に」を初めて聴きました。あのRCがこんなロックバンドにと思うと同時に、その歌詞に参りました。ジャックス以来の衝撃でした。失業中の82年夏には、横浜スタジアムのライブへ行きました。チャック・ベリーなどを招いて開いたコンサートで、スタートがこの曲でした。

 ジャックスの世界は、はっぴいえんどに続いて、RCサクセションにつながりました。8012月に出た「Please」は愛聴盤になりました。

Rc-please

 

 

Half Of What I Say

 5枚目は、岡林信康の「見る前に跳べ」です。高校3年になっていた19706月にリリースされました。

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 洋楽ばかり聴いていたような中学生生活でしたが、グループサウンズは守備範囲でした。スパイダースの「夕陽が泣いている」は669月の発表でした。そんなに早い作品だったんだ、という印象です。「想いでの渚」(ワイルドワンズ)が10月、67年に入ると、3月に「ブルー・シャトー」(ブルー・コメッツ)5月に「シーサイド・バウンド」(タイガース)、6月には「好きさ好きさ好きさ」(カーナ・ビーツ)と「君に会いたい」が発表されました。681月には「君だけに愛を」(タイガース)6月に「エメラルドの伝説」(テンプターズ)が出ました。

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 そんなGSブームの最高潮の中、高校に進学しましたが、聴く音楽は少し変わってきました。高校入学後に初めて触れたのが、モダンジャズでした。あいうえお順で座った教室で、前に座っていた大林さんがMJQのアルバムを貸してくれました。洋楽とグループサウンズしか聴いてこなかった身には、ビブラフォンの繊細な響きが大人の世界を感じせてくれましたが、そのままジャズにのめりこむことはありませんでした。

 主役に上がってきたのは、日本のフォーク、というよりいわゆる「関西フォーク」で、その黎明期でした。前兆はありました。前の年、中学3年の秋、深夜放送で流れたフォーク・クルセイダーズの「帰って来たヨッパライ」です。高校入試模試の前夜にラジオで流れ、名古屋でも大きな話題になりました。高石ともやは6712月に「かごの鳥ブルース」でレコードデビュー、68年にはフォークルの第2弾「イムジン河」が発売中止なり、岡林信康が「がいこつの唄」「くそくらえ節」を発表したのは2月だったそうです。3月には中川五郎の歌詞に高石ともやがメロディをつけなおした「受験生ブルース」が発表され、ヒットしていました。

 2年後に迫った日米安保条約自動延長問題などを背景に全共闘や新左翼の学生運動がだんだん盛んになっている時期でもありました。モダンフォークには反応できませんでしたが、関西フォーク、アングラフォークにはすぐにはまってしまいました。

 岡林信康、高田渡、五つの赤い風船、中川五郎、ジャックスなどが高校生活を彩りました。手元に「うたがたくさんかいてあるNOTE」というボロボロのノートがあります。高校生の時にギターを弾くために歌詞とコードを書き留めたのです。最初は「くそくらえ節」、次が「がいこつの唄」。3曲目は赤い風船の「二人は」、その次は高田渡の「ブラブラ節」と続きます。「殺し屋のブルース」、「イムジン河」もあります。「インターナショナル」もあれば、「イメージの詩」、「かもめ」「傘がない」「バージン・ブルース」など何でもありの世界です。ラスティーバーミンツという地元の高校生バンドが歌っていた「夢の中のあなた」も載っています。

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 校内には、フォークグループがいくつかあり、放課後に集って歌っていたような気もします。Meatles’で一時、アコギを弾いてもらっていて、今はピーター・ポール・アンド・マリーのカバーバンドKK&Mを組んでいる鬼頭さんは当時、ジャックと豆の木という3人組のバンドで、「砂の橋」というオリジナルも歌っていました。

 名古屋の南図書館で月に一度、サンデー・フォーク・フェスティバルというのが開かれ、名古屋のいろんなグループが出ていました。そこで歌われていた曲のうち、Simon & GarfunkelHe Was My Brotherや「今はもう誰も」が記憶に残っています。

 友人にギター製造工場を紹介してもらい、フォークギアーを8,000円で作ってもらったのも高校生のころです。大学生の時、スキー場で雪上車から投げ出され、割れてしまうまでずっとそばに置いていました。親指と人差し指を「トントトトトトン」と動かす2フィンガーピッキングを毎日毎日、必死で練習したのもこのころです。

 後にサンデー・フォーク・プロモーションを設立して、東海地方の音楽界の雄となった井上隆司さんは同級生で、2年生か3年生の時か忘れましたが、一緒にやらないか、と誘われたことがありました。ピアノのある教室へ行って、1、2曲歌わされた結果、井上は「まぁ、お前はロックやっとりゃあ」と去っていきました。40歳になったころ、ナゴヤ球場のサザンのライブでやっとかめに会い、その後も時々、会っていました。Beatlesバンドとフォークバンドでライブしようなどと話したこともありましたが、残念ながら19991122日、肝不全で亡くなりました。47歳の若さでした。

 高校3年で退学した友人が柳原に借りていたアパートで、吉田拓郎の「イメージの詩」に驚き、裏面の「マークⅡ」にがっかりしたこともありました。

 そんな高校時代の最も大きな衝撃は、岡林信康の2枚目のアルバム「見る前に跳べ」でした。岡林の曲は初期から好きでした。「友よ」は、赤い風船の「遠い世界に」と同じように、いろんな集会で歌われる曲でした。「いくらブタ箱の臭いまずいメシがうまくなったところで それで自由になれたのかよ」という問いかけは、ずっと心に引っかかっていました。

 新しい岡林のアルバムは、麻雀仲間で、大学生になってからバンドを一緒にやっていた堀江さんの自宅で聴かせてもらいました。A面は、「愛する人へ」「おまわりさんに捧げる歌」「性と文化の革命「自由への長い旅」「私たちの望むものは」とオリジナルが並びます。B面は「NHKに捧げる唄」「堕天使ロック」「ロールオーバー庫之助」「ラブ・ゼネレーション」「無用ノ介」「今日をこえて」。ディレクターを早川義夫が務めたこともあってか、ジャックスナンバーのカバーが大半となっています。特に「ラブ・ゼネレーション」はすごかったです。

 アルバムは、大江健三郎の短編集のタイトルと、アルバムでカバーしている「堕天使ロック」の歌詞、<見つめる前に跳んでみようじゃないか>から名付けられたそうです。

 バックバンドは、はっぴいえんど 。前年、コンサートから失踪した「フォークの神様」と言われていた岡林がロックバンドを従えての再登場です。ボブ・ディランと同じように衝撃的ではありましたが、フォークかロックかということは何も気にならず、岡林信康のすごさを再認識させられました。

 

 高石ともやさんとは10年ほど前、岐阜で勤務していたころ、揖斐川マラソンの前夜祭でご一緒し、お話したことがあります。同じころ高田渡の生誕地・北方町で開かれたメモリアルコンサートにも行きましたが、その20年ぐらい前、渡さんが南知多・内海の観光センターでミニライブをやった際にお目にかかりました。新橋駅前でワインバルを開いている黒田さんのお父さんが招いたイベントでした。「しらみの旅が好きだったんです」などと話しながら、彼のギターを少し触らせていただきました。宝物の思い出です。

Get Back Homeward

4番目のアルバムは「卒業・サウンドトラック」です。

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 中学2年からの洋楽聴きまくりの中で、Rolling Stonesとは少し違う形で好きになったのが、Simon & Garfunkelです。19665月リリースの第3弾シングル「I Am A Rock」が出会いでした。

 Bass音を♩.♪♪と弾き、高音部をハンマリングオンで重ねるイントロに、A winter’s day, In a deep and dark December I am aloneと歌う歌詞がなぜか心に響きました。5カポGで弾くとは分かりませんでした。B面のA Most Peculiar Manも好きでした。

Iam-a-rock

 この作品の前はどういう曲だろうと調べ、Homeward Boundはそれ以上のお気に入りになりました。さらにデビュー曲のSound Of Silenceにたどり着き、次に出たロック調のA Hazy Shade Of Winterにもひかれました。やっぱり結構、暗い中学生だったのかもしれません。習い始めたばかりでしたが、英和辞典を駆使してSound Of Silenceの翻訳に挑戦し、英語の先生に添削をお願いしたこともありました。残念ながら、相手にされませんでした。エレキギターを持っているだけで不良と呼ばれた時代でした。洋楽に理解がある大人はまだ少なかったのでしょう。音楽雑誌に投稿しようと、はがきに二人のイラストを描いた覚えもあります(出しませんでした)。

 Brothers FourやKingston Trio、あるいはPeter, Paul And Maryといったモダンフォークはあまり知りませんでしたが、フォークソングを嫌っていたわけではありません。

 実は、15歳の春、家にレコードプレーヤーがきて、最初に買ったレコードは、マイク真木の「バラが咲いた」でした。なぜ、この曲だったのか、よく分かりません。親が「これなら」と買ってくれたのかもしれません。スチール弦を張ってネックのそったクラシックギターを持っていたので、ちょうど良かったのかもしれません。日本のフォークソングの先駆けとなった曲ですが、浜口庫之助さんの作詞・作曲ということで、なんとなく歌謡曲っぽいな、とも思っていました。

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 映画「卒業」の日本公開は、高校に進学した19686月でした。Sound Of Silence Scarborough FairApril Come She Willなどの既存のナンバーに新曲のMrs. Robinsonなどが使われ、Simon & Garfunkelも一躍人気者になりました。自分だけの宝物が飛び散ってしまったような気がしました。

 コロナで在宅勤務中、テレビで卒業を放映していました。Meatles’メンバーからのお知らせに気付くのが遅れ、見られたのは、最後の10分間ほどだけ。バスの中でのダスティ・ホフマンの憮然とした表情が、当時以上に気になりました。

 

There's A Fog upon L.A.

 Beatlesの「リボルバー」、Rolling Stonesの「ビッグ・ヒッツ」に続く3つ目のアルバムは、Doorsのデビュー作「ハートに火をつけて」です。原題はバンド名そのままのThe Doorsでした。

Doors

 アルバムのリリースは19671月ですが、シングルカットされたLight My Fire が全米1位になったのは7月末でした。オルガンとギターの間奏が延々と続き、他のロックバンドとどこか違う雰囲気を醸し出していました。高校入試を控えた中学3年でした。年が明けた681月に、お年玉を使って田舎のレコード店で購入しました。中学生の購入するアルバムではないような気がしますが、そんな心情だったのかもしれません。

 アルバムでは、最後の曲、The End に衝撃を受けました。1979年にフランシス・コッポラ監督がベトナム戦争を題材にして作った「地獄の黙示録」にも使われたことで知られていますね。11分以上もある長さに加え、よく分かりませんが、エディプス王の悲劇に触発されたという歌詞や厭世的な曲調にひかれたのかもしれません。ジム・モリソンのステージエピソードにはただただ驚くだけでした。今にして思うと、高校受験や友人関係でのトラブルもあって、暗い中3生活だったんでしょう。今でも時々、無性に聴きたくなります・

 Doorsはロサンゼルスのバンドでした。当時の米国西海岸は新しい若者の文化の発祥地になっているようでした。ベトナム反戦運動、公民権運動などを背景にしたヒッピー文化が、薬物を介在させたサイケデリックとも重なり、1967年夏、Summer Of Loveという爆発的なムーブメントを起こしました。Scott McKenzieが歌ったSan Francisco : Be Sure To Wear Flowers In Your Hair 675月、モントレーポップフェスのためにMamas & PapasJohn Phillipsが書いた曲でした。California Dreamin’を歌ったMamas & Papasはニューヨークが本拠地だったそうですが、ヒッピーの前身というかビートニクスはNY・グリニッジビレッジが根城でしたね。モントレーポップフェスには、Janis Joplinも出演していました。67年リリースのJefferson AirplaneSomebody To Loveは、Grace Slickの強烈な歌声が印象的でした。あこがれのウエストコーストでした。

Somebody-to-love

 BeatlesSgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Bandが英国でリリースされたのはこの年、6761日でした。全世界生中継番組の「Our World」でAll You Need Is Love を歌ったのは直後の626日でした。白黒画面にストーンズのミックを見つけて喜んでいました。Summer Of Love 真っ最中の678月、ジョージがパティ夫人とサンフランシスコを訪れ、アコギでBaby You’re A Rich Manを歌ったそうです。

 

Like A Rolling Stone

Bighits

 洋楽を聴き始めたのは1965年、中学に入ってからでした。いろいろな曲を聴いていましたが、最初のお気に入りはRolling Stonesでした。「Beatlesは女の子、Stonesは男の子」と安直に言われていた時代でした。

 

 55年前、どんな曲を聴いていたのでしょう。「ビルボード年間チャート60年の記録 1955-2014」(共同通信社)を取り出してみました。全米チャート1位に輝いた曲で記憶に引っかかるのは、やはり1965年から。3月にMy Girl (Temptations)とStop! In The Name Of Love (Supremes)、5月にMrs. Brown You’ve Got A Lovely Daughter (Herman’s Hermits)、6月にMr. Tambourine Man (Byrds)、7月に( I Can’t Get No) Satisfaction (Rolling Stones) などです。全部で25曲の1位曲の半分ぐらい分かります。64年に鮮烈な米国デビューを果たしたBeatlesの曲もこの年、Eight Days A Week、Ticket To Ride、Help !、Yesterday の4曲で計10週のナンバー1ヒットを果たしています。

Busstop

Sunnyafternoon

66年に入ると、チャートのほぼすべての曲が記憶の中からよみがえってきます。

Sound Of Silence (Simon & Garfunkel)、We Can Work It Out (Beatles)、These Boots Are Made For Walkin’ (Nancy Sinatra)、The Ballad Of The Green Berets (Sgt。Barry Sadler)、Monday Monday (Mamas & Papas)、Paint It, Black (Rolling Stones)、Paperback Writer (Beatles)、Strangers In The Night (Frank Sinatra)、Hanky Panky (Tommy James & The Shondells)、Wild Thing (Troggs)、Summer In The City (Lovin’ Spoonful)、Sunshine Superman (Donovan)、You Can’t Hurry Love (Supremes)、Cherish (Association)、Reach Out I’ll Be There (For Tops)、96 Tears (? & The Mysterians)、Last Train To Clarksville (Monkees)、Poor Side Of Town (Johnny Rivers)、You Keep Me Hangin’ On (Supremes)、Winchester Cathedral (New Vaudeville Band)、Good Vibrations (Beach Boys)、I’m A Believer (Monkees)。

 27曲の1位曲のうち23曲もありました。年間トップ100シングルにはさらにあります。

 California Dreamin’ (Mamas & Papas)、Sunny (Bobby Hebb)、Devil With A Blue Dress On & Good Golly Miss Molly (Mitch Ryder & The Detroit Wheels)、You Don’t Have To Say You Love Me (Dusty Springfield)、Red Rubber Ball (Cyrkle)、Day Dream (Lovin’ Spoonful)、Bus Stop (Hollies)、I Am A Rock (Simon & Garfunkel)、Secret Agent Man (Jonny Rivers)、Homeward Bound (Simon & Garfunkel)、Did You Ever Have To Make Up Your Mind ? (Lovin’ Spoonful)、Bang Bang (Cher)、Sloop John B (Beach Boys)、19th Nervous Breakdown (Rolling Stones)、Beauty Is Only Skin Deep (Temptations)、Land Of 1,000 Dance (Wilson Pickett)、Black Is Black (Los Bravos)、Yellow Submarine (Beatles)。

チャートに入っていませんが、KinksのSunny Afternoonも好きでした。Lovin’ SpoonfulやDonovanは仲が良かった同級生の水野君が教えてくれました。HolliesのBus Stopは英語の歌詞が分かりやすく、ギターでも弾ける数少ないナンバーでした。メンバーのグラハム・ナッシュが69年にウッドストックに出たCrosby, Stills & Nashに入っているのに驚いた覚えもあります。Monkeesのデビュー曲を聴いた時は、Beatlesの新曲かと思いました。67年10月からテレビで放映が始まったモンキーズショーは欠かさず見ていました。

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えーーい、67年も続けましょう。

 Kind Of A Drag (Buckinghams)、Ruby Tuesday (Rolling Stones)、Penny Lane (Beatles)、Happy Together (Turtles)、Somethin’ Stupid (Nancy & Frank Sinatra)、Groovin’ (Young Rascals)、Respect (Aretha Franklin)、Light My Fire (Doors)、All You Need Is Love (Beatles)、To Sir With Love (Lulu)、Daydream Believer (Monkees)、Hello Goodbye (Beatles)。

18曲中12曲と少し減りました。中学3年で高校受験が影響したわけじゃなく、1位は取らなかった曲にお気に入りがいろいろありました。67年のトップ100シングルを見ると、懐かしい曲が並んでいました。

Somebody To Love (Jefferson Airplane)、A Whiter Shade Of Pale (Procol Harum)、Silence Is Golden (Tremeloes)、San Francisco – Be Sure To Wear Flowers In Your Hair (Scott McKenzie)、The Rain, The Park & Other Things (Cowsills)、There’s A Kind Of Hush (Herman’s Hermits)、Georgy Girl (Seekers)、Let’s Live For Today (Grass Roots)、The Beat Goes On (Sonny & Cher)、I Dig Rock And Roll Music (Peter, Paul & Mary)、Green, Green Grass Of Home (Tom Jones)。

 

Paint-it-black

 こんな曲を聴いていた中で、初めに気にいっていたのは、Rolling Stonesでした。19665月にリリースされたPaint It, Blackがラジオから流れた時に、いいなと思いました。イントロのギターのような単音のフレーズ、当時はシタールだとは知る由もありません。雑誌でキースが「ギターは眠るとき以外いつも抱えている。アコギで練習すればエレキは弾きやすい」などと話していたのを読み、憧れていました。あの不良っぽさが良かったですね。Paint It, Blackの前奏もブライアンではなく、キースが弾いているとばかり思っていました。この曲から、少し前の大ヒット曲Satisfactionに戻って聴き、19回目の神経衰弱、マリアンヌ・フェイスフルが歌ったA Tears Go ByGet Off Of My Cloudなどを聴き漁り、その結果購入したのがBig Hits (High Tide And Green Grass)でした。2枚目の購入アルバムでした。魚眼レンズで撮影したアルバムジャケットも新鮮でした。Time Is On My SideHave You Seen Your Mother, Baby, Standing In The shadow ?など、ミックの不思議なボーカルを支えるブルースっぽい響きが好きでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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